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第17回 せんだいデザインリーグ 卒業設計日本一決定戦・卒業設計結果発表/「非ず非ず・テトラレンマ (否定の論理-1)」



第17回(1/17)
せんだいデザインリーグ 卒業設計日本一決定戦
卒業設計 結果発表 /
建築論「非ず非ず・テトラレンマ(否定の論理-1)








17_旅1


こんにちは
今回は、卒業設計コースの作品と結果をご報告します






■Mai Ono(法政大学)「kirakira」

沖縄育ちの彼女の中にある「kirakira」という独自の概念を、セルオートマトンというアルゴリズムの手法を使って空間にした図書館です
彼女の「kirakira」とは、ただきれいに光るという普通のkirakiraとは違う、譲れない意味があるそうです
そんな不思議ちゃんですが、その「kirakira」を彼女だけしかわからない独り言で終わらせることなく、共有できるように空間化した力強い作品でした。

受賞
 卒業設計日本一決定戦:第5位(特別賞)
 法政大学:第2位
 近代建築 全国大学建築系学科卒業設計優秀作品集 掲載招待


Ono外観0

17_Ono外観1

17_Ono外観2

17_Ono内観1

17_Ono内観2










■橋本 健(法政大学)「人と都市の間」

「道路と街区の反転」を都市スケールで行った壮大な計画です。
今現在建物が建っている部分を広場にし、それ以外の道路などを丘のように隆起させるという提案です。
ウネウネ道路の下が住戸などになります。
シンプルなルールなのに、見たことがない新しい風景が見えわくわくします

受賞
 卒業設計日本一決定戦:第6位
 法政大学:第1位、坂本一成賞
 JIA卒業設計コンクール 招待


17_橋本模型

17_橋本CG



17_橋本ボード










■成毛 香月(法政大学)「1.4 ー住まう人とぴったり呼吸の合う家ー

キャットストリートにある「芸術家のための集合住宅」です。
この作品の特徴は、スラブが1.4mの高さで積層していて、1つ1つの住戸の空間構成が考え得るすべてのパターンを尽くしているということです。
1層の高さが1.4mしかない部分は、猫や子供だけの空間もあるようです。
何より3m×3mの迫力模型と作り込まれた家具で、27戸それぞれの住宅の個性が染みだしています

受賞
 法政大学:第6位
 前田紀貞塾:第1位


17_成毛外観1

成毛内観0

17_成毛内観2


17_成毛内観









■小澤 良太(東京工芸大学)「織」

伝統工芸品職人の住む街の提案です。
もともと藍染川だった(現在は暗渠)というクネクネしたへび道に絡みつくように、「編む(綾織り)」という構成でつくられた作品です。
街自体が増殖していくような、なんだか生態系みたいな感じを受けました

受賞
東京工芸大学:第4位
 JIA卒業設計コンクール 招待


17_小澤模型

17_小澤ボード








私も年前に経験しましたが、卒業設計は大学4年間の集大成であり、1年間すべてのパワーを注ぎ込むものです。
学生にとっては、(楽しいと同時に)苦しいもので、それは誰もが味わいます。

でもだからといって「みんながんばったよね」ではなく、「すべては結果だと言いたいです。

そしてその「結果」というのは、「精神力」がなければ出てこないものだと思います
踏ん張り続ける足を途中でほんの少し緩めてしまったら・・・、やっぱり「結果」は出ないのです。

しかし、踏ん張り続けたからといって「結果」が出るというわけではありません
でも、踏ん張り続けることなしに、「結果」は出ないのです


もちろんこれは卒業設計に限らないことですよね。
私はすぐに失敗してしまいます。気を緩めて先輩たちに怒られます。


でも・・・

すべては、精神力
失敗は糧にして、いつまでもへこたれずに明るく踏ん張り続けたいものです











                      



さて、建築論です

長いけどとっても驚きの連続だった建築史の説明が前回で終わりました。
建築史って、学生の頃は、時代ごとの様式の話ばかりでしたが、実は、とても面白いものだったと感じました。
今回の建築史の話では、様式の話は全く出てこなかったのです
それよりも、今までの建築物の流れは、これから建築を作ってゆく上での「コンパス」や「指針」のようにさえ思えてきました。
こういう建築史だったら、建築家にも使える(?)かなあ




さて、今日からは、仏教的、東洋的な「否定の論理」についての講義です。


最初は、インドのアートマン、仏教による無などの話からでした。
「否定」という言葉は普通では、「~ではない」ということですが、そこにも沢山の「~ではない」があることを教わりました


西洋の弁証法は、「~でない」のひとつですが、東洋の「非ず非ず」「テトラレンマ」などは、同じ否定でも方法や意味は全く逆でした。


西洋の場合は、「~でない」というふうに、事を否定してどんどん狭めてゆきます
排他的です。

それはカメラのレンズの焦点を絞るように、視界を小さく小さく絞ってゆき「正解」に辿り着こうとする考え方ですね。




ですが、東洋の場合、「~でない」というものには、それとは全く逆の意味がありました

それは、レンズで焦点を絞るようにするのではなくて、反対にボカすようにしてゆく、ということなんです。





あっそうか
「Aでない」とは「Aじゃないよ~」と言っているのではなく、「A以外の可能性すべてに開かれますよ」というもっと自由で肯定の考えなのですね
これは目から鱗です・・・・・

だから、東洋の「~でない」というのは、否定というよりも、「それによって展開させる」という意味なので、「肯定」ということです。

豊かな考え方に感じます

東洋の「否定」とは、「肯定」ということなんですね。





                         前田紀貞塾 村越千紗









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